代表挨拶

台湾苗栗のエビ釣り堀で、代表がヒットした瞬間
台湾苗栗のエビ釣り堀で、代表がヒットした瞬間

 私が独立したのは、1997年のことでした。

 15歳の頃からPCに触れてきた私は、大学を卒業してイタリアの資本のIT企業に就職しました。そこで私が最初についたのは金融システムの企画営業でした。金融機関に対してオフコンをベースにした業務システムを提案して営業するものです。そこでは最初パソコンとのギャップに少々戸惑いました。オフコンは帳票一つ作成するにもプログラミングが必要で、私は「こんなの1-2-3ならさっさとできるのに」などと内心思いながら研修を受けていました。

しかし結果的にその会社で私は「システムの構築とは何か」ということを学びました。そして様々な金融の分野のシステムに関わらせていただきました。SWIFTの送受信システムや24時間稼動のTELEX-AIシステム、国際業務パッケージシステムなど、今となってみればこの知識は貴重であったと考えています。なぜなら業務システムを販売するためには業務について精通していなければなりません。そのおかげで私は今日の基礎を学ぶことができました。

 その後私は、ユーザー会の運営担当に配置換えされました。ユーザー会の運営のため、ビジネスマナーやユーザー会のルールを覚えました。ユーザー会というのはお客様のキーパーソンとゆっくり会うことができる貴重な機会。どのような営業をするのかも見ることができました。

 ちょうどその頃、NetWareが誕生して、PCネットワークの時代が幕を開けました。私は転職して、Macintoshの販売会社に行きました。そこでは営業と技術を両方やらなければならなかったので結構きつかったのですが、WindowsとMacの両方を使うことができるようになったことは収穫でした。

 いくつかの会社を転職し、私は独立することにしました。それまではパソコンは売り切りで、家電量販店でもサポートに関するサービスはありませんでした。私は「パソコンのホームドクター」という名前で活動しながら、システムコンサルタントの一面を持ち、システムの構築を請け負うことも多くありました。

 2005年、私はそれまで興味があったけどできなかった、海外取引をやってみることにしました。でもなかなか商売を作り上げることは難しく、人脈やノウハウを手に入れるために色々な経験をしました。実のところ、以前は貴重な授業料を支払わされたこともあります。しかしながら今ではそれも経験の一つとして、リスクを最小化するにはどうしたらいいかもわかってきました。

 インターネットのおかげで、昔は商社しかできなかった貿易取引を、弊社のような会社でも行うことができます。そして海外では実績がすべて。国内のように会社の大きさで判断されることもありません。

 海外取引にはネガティブなご意見を持っている方もいらっしゃいます。しかし弊社にとってはその方が好都合です。みんながそれに気付いてしまったら、弊社のライバルが増えることになりますから。笑

 

 ちまたで言われている貿易のリスクの多くはすでに解決または改善の方法があります。正直言って国内の商業より楽な部分と考えられるかもしれません。ただそれが一般に出回らないだけです。

オーシャンプロジェクト合同会社 代表  足立 聖昭